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セザンヌの故郷フランス「エクス アン プロヴァンス」の話題

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画家セザンヌの故郷・仏「エクス アン プロヴァンス」に残る足跡を訪ねて

フランス南東部、マルセイユの北30kmの場所に位置するエクス・アン・プロヴァンスは、紀元前に起源を発する古い街。ローマの将軍セクスチウスが湧き水の多いこの地を治め、「セクスチウスの水(アクアエ・セクスチアネ)」と呼んだことに由来します。
画家ポール・セザンヌが生まれ、生涯を閉じた街としても有名で、街には彼の軌跡を記す場所が点在しています。印象派の巨匠セザンヌゆかりのスポットをめぐってみましょう。

セザンヌが愛した泉の街

「エクス」と親しみを込めて呼ばれ、別名泉の街ともいわれるこの街は、かつて人々の喉を潤した泉や噴水が今もいたるところに残されています。街の中心は一番大きな噴水、ロトンドがあるド・ゴール広場で、そこからまっすぐ延びるメインストリートのミラボー通りにはプラタナスの並木が連なり、おしゃれなカフェやショップが並んでいます。プロヴァンスにいながらパリのような洗練された雰囲気が味わえるおしゃれな街で、きっとこのような空気もセザンヌの創作意欲を掻き立てたことでしょう。

創作の泉 「セザンヌのアトリエ」

エクス中心部から北に歩いて約15分のレ・ローヴの丘に画家ポール・セザンヌが1901年から1906年に亡くなるまでアトリエにしていた家が静かに佇んでいます。

『エクスで生まれた者は、それ以上の場所を発見できなくなってしまう』と知人への手紙に記したほど生まれ住んだこの地を愛した彼は、オリーブとイチジクの樹々が茂る丘の一角に自ら設計図を引いてアトリエを建設しました。

ここは絵を描くためだけの部屋で、プレゴン通りのアパルトマンを早朝出て、朝6時から10時半までキャンバスに向かい、昼食をとりにエクスの自宅に戻ったあとすぐに風景写生に出かけ、夕方5時に帰ってくるという規則正しい毎日を送っていました。アトリエの前には彼が休息し活力を得た庭があり、ここの風景を40点もの絵に残しています。

最晩年の傑作が生まれた場所

2階の50平方メートルのアトリエは、北と南の左右の大きな窓から光が差し込み、屋外の自然の中と同じような光が得られる明るい部屋で、大きなイーゼルやパレットなどの仕事道具とともに彼が使用した椅子やストーブ、カウチソファなどの愛用品が在りし日のまま置かれています。

壁には絵の具のついた作業着やフロックコート、山高帽がかけられ、その足元には制作中に使ったであろう日よけの傘とバスケットが置かれており、生活感あふれる貴重な品々を間近で見ることができます。

1894年から着手された代表作のひとつ、「大水浴」3点(フィラデルフィア美術館、ロンドン・ナショナル・ギャラリー、バーンズ・コレクション所蔵)はここで制作され、北側の窓枠に設えたすき間からキャンパスを外に運び出し、自然の中で裸体の背景に風景を描きました。セザンヌにとって水浴図は人間と自然の調和を探求する格好の題材で、このアトリエはまさにその集大成となった大作を完成させる最良の場所でした。

アトリエ内には、晩年の静物画の中に登場する小物類もそのまま残されています。緑の水差し、ラム酒の瓶、石膏のキューピット像やアムール像、オリーブ壺、骸骨などが並び、テーブルの白布の上にはおなじみのりんごやオレンジなども。まるで作品から抜け出してきたようなモチーフが勢揃いし、まさにここでセザンヌがこれらを見ながら描いたのだと実感できます。

生涯制作した200点の静物画のうち、60点以上の作品に描かれたりんごはセザンヌが最も好んだ題材で、「りんごひとつでパリを驚かせたい」という願い通り、パリだけでなく世界中の美術館で永遠にその姿を留めています。構図と色彩を丹念に計算し描かれた静物画はどれもインパクトがあり、りんごの絵というとセザンヌの絵が思い浮かぶほど強い個性を放っています

セザンヌの永遠のテーマ「サント・ヴィクトワール山」

りんごとともに忘れてはならないのが、レ・ローヴの丘から見えるサント・ヴィクトワール山です。セザンヌは1880年代半ばからこの山の連作に取り組み、以後、ライフワークとして描き続けました。少年の頃から幾度となく登った山は彼に強烈なインスピレーションを与え、油絵44枚、水彩画43枚という膨大な数の作品を残しました。

アトリエ前のポール・セザンヌ通りを上っていくと、ロータリーのそばにマルグリットの小道と呼ばれる坂があり、その上から彼はいつもこの山を見つめました。現在はそこに9枚の絵の複製画が並んでいて、その絵を見ながら彼と同じ目線で景色を堪能することができます。

まだまだあるセザンヌゆかりのスポット

エクスの街を歩いていると、路面に「C」と打ち付けられた銅板が目に入ります。これはセザンヌゆかりの32スポットをつなぐ徒歩ルートの道標で、これをたどれば彼が生活していたように街を散策することができるようになっています。

1839年に生まれたオペラ通りの生家、少年期を過ごした家、通った学校、父親が営んだ帽子店や後に設立した銀行の跡地、結婚式を挙げた市庁舎、妹や母が住んだ家、1906年に亡くなった家、葬儀が執り行われたサン・ソヴール大聖堂、埋葬されたサン・ピエール墓地まで街のあちこちに彼の足跡が残されており、そこをたどればいかにこの街を愛していたかがわかるでしょう。

エクスの散策の合間に立ち寄りたいのは、セザンヌも足繁く通った「レ・ドゥー・ギャルソン」。「2人の給仕」という名の1792年創業のカフェで、親友でもあった文豪エミール・ゾラや友人たちと午後のひとときを過ごし、ピカソやエディット・ピアフやチャーチルなども訪れたという歴史あるカフェです。ミラボー通りに面しており、天気が良い日はオープンテラスが人気ですが、内部の内装もすばらしく、金装飾や鏡張りの壁、天井に施された彫刻などナポレオン帝政時代の華麗で重厚な趣があり、優雅さに満ちています。セザンヌは亡くなる1週間前に、ここで夕食前の3時間を友人たちと過ごしたと息子に書き送っています。

絵に捧げた人生

セザンヌは1906年9月21日、画家エミール・ベルナール宛の書簡で「私は年をとった上に衰弱している。絵を描きながら死にたいと願っている。」と書き、その矢先の10月15日、野外で制作中に大雨に打たれて体調を悪化させ、23日朝7時頃、プレゴン通りの自宅で息を引き取りました。「近代絵画の父」と呼ばれた印象派の巨匠セザンヌは、まさに67歳の生涯を絵に捧げた信念の人でした。彼は愛する故郷でサント・ヴィクトワール山に見守られながら永遠の眠りについています。

(引用:Travel.jp たびねす)



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